THE QUARTER 〜衝撃の10分間〜/小野 宏
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イッセイの決断
それは、無謀とも思える一人の「決断」から始まった。
第2クオーターに入った直後のプレーだった。得点は0−6。敵陣30ヤード。第4ダウンで2ヤード。
それまでの展開は、「社会人の方がはるかに強い」という戦前の下馬評そのままだった。1回目、2回目の攻撃シリーズとも簡単に3プレーでパントに追い込まれ、第3シリーズは反則で後退した上に、強烈なタックルを浴びたRB杉原がファンブルしてターンオーバー。そのまま先制のTDを奪われるという最悪のシナリオに陥っていた。4度目の攻撃でようやく2度第1ダウンを更新したものの、フィールドゴール・レンジにもたどり着けないまま第4ダウンを迎え、攻撃権の放棄を余儀なくされていた。
すでに2度、第3ダウン・ショートのプレーを止められている。残りが2ヤードあったため、オフェンスのプレーによるギャンブルは諦めた。ただし、なお攻撃権を渡さない可能性を探っていた。通常のパントのサインがでたが、相手の付き方によっては、パンター榊原が左右どちらかに走りながらランで第1ダウン獲得を狙い、無理と判断した時点でランニングキックに切り替えて陣地を挽回することになっていた。
飲料もフェイクパントを警戒し、通常の守備メンバーのまま、通常の守備体型4−3でギャンブルに備えていた。パントを蹴らざるを得ない状況だった。守備体型を見て、コーチ、選手のほぼ全員がそう考えたはずだ。しかし、榊原だけが、最初から中央に突っ込む決意を固めていた。「普通にやっても勝てる相手じゃない。どこかで勝負をしなきゃいけないと思っていた」。スナップされたボールが手に届くと、一瞬蹴りにいくような動きに入りながら、そのまま前傾姿勢で中央へ踏み出した。
同時に、プロテクションしていた一線の選手はリターナーをタックルするべくダウンフィールドに出ていった。ブロッカーは誰もいない。榊原は「裸」になった。そのことが、飲料の選手の緊張を緩めた。「通常のパントだ」という認識がかすかな安堵を生んだように見えた。榊原に迷いはなかった。その瞬間、加速してスクリメージ上にいる守備ラインに向かって猛然と突っ込んだ。80キロほどしかない榊原が、100キロを超すラインに真芯で当たり、そのまま弾き飛ばすように一気に押し込んで倒れた。
警戒していたにもかかわらず、わずかな虚を突かれ、呆然とする飲料。3ヤードほど進み、審判が計測することもなく第1ダウンのシグナルを出した。失敗していれば無謀と非難されることを免れない状況で、一人ですべての責任を抱えて勝負に出た榊原。そして、その賭けを成功させた勝負魂が、チームの何かを覚醒させた。「捨て身の攻撃」――それしか勝利への道は開かれないことを、身をもってチームに思い出させた。
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