THE QUARTER 〜衝撃の10分間〜/小野 宏
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消耗戦に引きずり込め
飲料は強固な守備を基盤としたチームである。その守備を崩すカギはどこにあるのか。 甲子園ボウル当日にあった祝勝会の帰り、伊角ディレクターが珍しく注文をつけてきた。
「社会人に勝とうと思ったら、とにかく振り回すことを第一に考えなあかん」。「現場には 口を出さない」と自らを強く戒めているディレクターにとって、考え抜いた上での助言だ
ったと思う。これまでも、時折出てくるディレクターのsuggestionは、コーチをする上で、 攻撃を構築する上で、ゲームプランを立てる上で、重要なヒントになっていたことが少な
くなかった。
しかし、今回の提言に対しては、どうしても疑問が先にたってしまった。まず、社会人 の方が学生に比べてスタミナで劣るという認識が正しいかという問題があった。Xリーグの
トップチームはかつてと違ってかなりフィジカルトレーニングを積んでいる。走りこみに ついても、プロのトレーナーがついて、かなりのレベルで年間を通じて取り組んでいるこ
とも聞いていた。また、一人一人の選手がスタミナ不足だったとしても、守備全体を運動 量が落ちるような状態まで持っていけるのかどうか。リクルートは守備ラインを二つのユ
ニットに分け、交代しながら試合をしている。飲料もそこまでではないにしろ、リーグ戦 から守備ラインの4つのポジションを6人で回して消耗を防いでいる。逆に、個々のレベ
ルで劣勢を強いられる我々には、飲料と対抗できる攻撃ラインは5人ぎりぎりしかいない。 しかも、平均110キロを超すサイズの大きさが売り物だ。振り回そうとしたら、逆にこち
らの方がばててしまうのではないか。
もう1つは、振り回すとすれば序盤にしなければ意味がない。しかし、序盤には両立さ せなければならない条件が多くある。シフト、モーションへのアジャストが想定通りか確
認したい。ライン戦の正確な力量比較もしたい。何よりも、自分達より強い社会人とする 以上、先制することが勝つための必須条件である。振り回しながらもきちんと点が取れな
ければ、その効果は一気にしぼんでしまうだろう。スイープのようなオープンプレーを連 続すれば済むという話ではない。もともと4−3はオープンプレーに強い。振り回しなが
らゲインを稼いで先制点を奪い、相手をばてさせてこちらがばてない方法とは……。何度 考えても効果的な策は思い浮かばなかった。数日後には、鳥内監督からも「どんどん振り
回そうや」と同じ提言を受けた。ミーティングで選手たちに相談したが、選手からも同様 の疑問の声があがった。「自分達の方が先にばててしまう」。ラインズの訴えは悲痛だった。
ディレクターや監督から与えられた命題は十分に理解できるものの、具体策が思い浮かば ない。しかし、2人がそろって口にする以上、攻撃の成否を分ける最も重要なポイントであ
ることを自覚した。
悩んだ末にたどりついたのが、QBがロールアウトしてパスを投げるようにしながらそ のままキープする「ロールキープ」と、同様にロールアウトしながら先を走るSBにピッチ
する「ロールオプション」を、作戦会議を開かずに連続して攻撃するノーハドル・オフェ ンスで展開することだった。これなら攻撃ラインはさほど走らずに済む。ロールキープの
QBは俊足の1年生河野を使うことで尾崎の消耗を防ぐことにした。ノーハドルにしたのは、 当然守備選手の運動のインターバルを短くしたかったからだ。先述したドローフェイクの
verticalを1プレー加えて、最大3プレーのノーハドル攻撃。それを、前半のどこかに必ず 入れる。――それが、ディレクターや監督の提示した命題と、さまざまな制約条件の中で
プランを考えるコーチの現実との交差点だった。これ以外の通常のオフェンス時にも「振 り回す」要素はできる限り組み入れた。しかし、たった3プレーの仕掛けがどれほど機能
するのかは、「やってみなければ分からない」というのが正直なところだった。 ボールは左ハッシュ上。計画通りサイドラインでハドルしてそのままオフェンスはス
クリメージにつき、ロールオプションから入った。このプレーはもともと1981年の甲子園 ボウルの際、鉄壁の日大守備に対して当時のコーチが編み出したKGオリジナルのスプリ
ントオプションが原型で、それを京大がロールアウトからの形にアレンジしたものだ。米 国には無く、関学も2年前に1度使っただけである。古い引出しから出してきたプレーは、
守備にとって見慣れないプレーでもある。ロールアウトと思ってDEがQBにタックルし ようとした瞬間に尾崎からSB三井にボールがピッチされ、10ヤード以上ゲインした。晋
三と河口がサイドライン際でタックルに参加していた。続いて、QB河野が入り、ダブルタ イトからロールキープ。ゲインは2ヤードだったが、再び晋三がサイドラインまで流れて
タックルした。
予定通り、次はvertical。ただ、前のシリーズで同じプレーが通った後、プレーのデザイ ンを少し変えていた。SEだけルートをoutにして、狙いをそこに絞った。Verticalが通っ
たことで、飲料守備は以後プロ体型に対して2ディープは敷かないという確信があったか らだ。そのことが真の要因だったかどうかは分からないが、結果として予測通り飲料は3
ディープで守り、下がったCBの前ががら空きになった。東畠の胸にボールが正確に収まり、 第1ダウンが更新された。
3プレーの仕掛けはベストとも言える形で成功した。しかも、守備の消耗は予想以上だ った。サイドラインからフィールドの選手を間近に見ている鳥内監督から「おい、やっぱ
り、ばてとるわ。もっとロールいこうや」と指示があった。SBのドローを入れて守備ライ ンに一度ラッシュさせた後、再び敵陣39ヤードからロールキープ。今度は尾崎がボールを
持った。繰り返されるロールアウトに守備は敏感になっていた。QBの動き出しと同時に守 備の全員が流れた。尾崎は行く手を阻まれた。逆サイドからもDEが追いかけてきていた。
その瞬間、いったんプレーサイドにゾーンブロックをかけていたバックサイドのT吉田が、 128キロの巨体とは思えない柔らかいステップで、下がりながらDEにクロスボディブロッ
クをかけた。DEがそれを避けた分だけ、逆サイドへのスペースが空いた。尾崎が180度方 向転換し、1人リバースのような形で左に戻り始めた時、飲料の選手にはパシュートのた
めのスピードは残っていなかった。短いインターバルで全力疾走を繰り返したことで、筋 肉に供給されるべき酸素が不足していた。追いかけようとしても足が思うように動かない
状態。尾崎はSEにシフトしていた榊原をリードブロッカーとしてうまく使い、残っていた CBをふってエンドゾーンへのレーンを自ら作り出した。体力を温存していた尾崎のスピー
ドが落ちず、追いかけてきた選手のスピードが上がらなかった分、TDへの「道」が大きく 開かれた。
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