KG FIGHTERS 第55回ライスボウル初優勝 2002年1月3日
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コーTコラム(攻撃)
THE QUARTER 〜衝撃の10分間〜/小野 宏

リバイバルのスペシャルプレー

 20−6(TFPのキック失敗)。榊原のフェイクパントでつかんだ流れは大きなうねり になっていた。選手の勝負根性を見せられて、プレーコールの思い切りが増す。それが選 手の積極果敢な気持ちを引き出す。プレーが成功して先手を取れるから、次の守備を予測 しやすい。いいタイミングで、いいコールが出せる。言葉はかわさなくとも、心意気は伝 わるものである。スタンドのスポッター席とフィールドは連動している。まさに相乗効果 で、コーチも選手も開放感の中で集中力が高まっていた。
 ここで、一息ついてはならない。一気に走りきるのだ。自分に言い聞かせている間に、 守備にビッグプレーが生まれた。石田がRBのダイブをタックルし、ボールをかき出して ターンオーバーを奪い取ったのだ。
  敵陣26ヤード。ハッシュはミドル・レフト。この状況ではこれしかない、というスペ シャルプレーを準備していた。榊原をTEの位置から外に出してインサイドレシーバーとし てセットさせ、尾崎から榊原に5ヤードのヒッチパスを投げ、キャッチした榊原が走って くるSB三井にトスをする「ヒッチ・ラトラル」。25年ほど前には、明治大学や日本体育 大が時折見せていたし、私自身も高校生時代はそれを見て練習し、ジャンプ・パスからラト ラルパスするプレーは何度も試合で成功していた。マン・ツー・マンのカバレッジに効果 があり、当時の守備はゾーンといってもマン・ツー・マン的なものがほとんどでよくビッ グプレーになった。しかし、その後はゾーン・カバレッジの普及とともに消えてしまってい た。それをフォーメーションなどにいくつかの細かい工夫をして復活させ、ライスボウル 用にと推薦してくれたのは、Xリーグ・ライオンズ(東京海上と東京三菱銀行の合同企業チ ーム)の大村和輝ヘッドコーチ(1994年卒)である。
 甲子園ボウルから1週間後に練習を再開した際、同期のOL今井栄太や松下電工のOB らとともに防具をつけて練習台になってくれた。そして、「ライオンズで成功した、簡単で 練習のあまりいらないスペシャルプレー」として紹介してくれた。新しいプレーを入れる ことには慎重だが、聞いていると細部に「なるほど」と思う工夫がされている。ライオン ズで試行錯誤され、懐かしいプレーの完全リバイバル版が出来上がっており、我々が実戦 練習で試して改善していく過程を必要としなかった。完成されたマニュアルのあるスペシ ャルプレーとしてそのまま導入することができた。
  劣勢が予想される試合では「サプライズ」が必要である。相手を「驚かせる」ことで心 理的に優位に立てる。また、少し遊び心のある「おもろいプレー」は、ゲームプランを準 備する段階で精神的に追い詰められているコーチや選手には、心の余裕を取り戻させる効 果もある。大村に直接指導してもらうと、榊原も三井も「こんなプレー本当にやるんです か」と言いつつ、「これが通ったらおもろいやろな」というワクワク感が表情に出ていた。 スポーツはどんなにseriousでも「PLAY(遊ぶ)」するものなのだ。
  尾崎が3歩下がって榊原に投げたボールはややすっぽ抜けて外側にそれてしまった。榊原にとっては逆モーションのボールだが、手を伸ばしてなんなくキャッチするとタックル を受けながら三井に正確にトスした。相手が「えっ」と思った瞬間に、チーム1の俊足が、 フィールドを縦に駆け上がる。WR山本がCBをクロスボディブロックでひっかけていて TDできるかと思ったが、ゴール前9ヤードで晋三に追いつかれた。
  第1ダウン。ダブル・タイトから、キーになり続けている榊原がWRになってイン・モー ション。守備の神経を引き寄せておいて,逆サイドにパワー・オフ・タックル。2ヤード。 2本目のTDを奪ったQBカウンターを今度はツイン体型から。再びきれいに穴があいた。 尾崎がセイフティに果敢に当たってセカンドエフォートして6ヤードゲイン。尾崎は、す でに満身創痍だった。甲子園ボウルでの首から肩にかけての打撲が尾を引き、10日間練習 を休んだ。その後も痛みが残り、ボールを投げることが十分にできなかった。ライスボウ ル3日前の尾崎は、この1年の中でもっとも悪い状態だったと言っていい。精神的に際立 ってタフな尾崎の表情にも不安が見え隠れし、苛立っているのが分かった。しかし、当日 になると、前日までとはまるで違っていた。試合前の練習で、爛々と光る眼に、ただなら ぬ決意が強く示されていた。第1クオーターには足を痛め、上腕の付け根にも新たにテー ピングを施していた。しかし、そのことをプレーコールの上で配慮する気はなかった。尾 崎がやり抜くことからしか道は開けてこない。誰よりも尾崎がそのことを一番よく知って いるし、だからこそ全身全霊をかけて戦う準備を整えたのだ。フットボールとはそういう スポーツだし、QBとはそういうポジションなのだ。
  ゴール前1ヤードから第3ダウン。飲料のショート・ヤーデッジでの強さは、プレーオ フの3試合のビデオで見せつけられていた。シルバースターは、第4ダウン、ゴール前イ ンチで通常の体型からQBスニークをして、ジャンプしたLB河口に金岡がファンブルさ せられていた。鹿島は、同じく第4ダウンゴール前1ヤード、TBのブラストで中央を突 こうとして、外からのセイフティブリッツでロスさせられている。ここが勝負を決める場 面になるであろうことをみんなが自覚していた。14点リードしているとはいえ、双方の力 量を考えれば、FGではなく、絶対にTDをとらなければならない。確認する時間がなか ったが、「2回のランプレーで1ヤードをとる」という判断は、鳥内監督も同じだっただろ う。
  バックフィールドに石田、榊原、弘中の3人を入れ、つまりQB以外10人すべてをライ ンの選手にした。「Queen」と名づけた体型。3人がラインのすぐ後ろまで上がり、中央にジャンプしたところにQBがスニークするように見せかけた。そして、LBたちが中央に飛 び込んだところで、尾崎が左オフタックルに飛び込むようにデザインされていた。1ヤー ドだから、LBは3人のジャンパーが飛び込むのを見てから自分が飛び込んでいては間に合 わない。何も考えずに飛び込んでくると踏んでいた。しかし、MLBに入った河口は、その ジャンプにひっかからず、何かを感じて(あるいは考えて)飛び込まず、オフタックルに 流れてきた尾崎を素早くタックルした。
  エンドゾーンに届かず、第4ダウン残り数十センチ。今度は、同様の体型だが3人を石 田、筒井、足立に変え、3人のうち2人を右においた「King」。QueenからのプレーでQB がどこにいくか分からないようにしていて中央を押し込むスニークだった。力づくの真っ 向勝負。今度は河口が飛び込んできた。それを筒井が飛び込んではじく。しかし、中央は 壁が動かず進めない。尾崎がとっさの判断で右にコースを変えた。後ろに構えていた晋三 とR大島が加速して飛び込んできた。尾崎のジャンプはその2人の隙間だった。審判の両 手が、ドームの天井に向けて立てられた。どちらかにずれていればフルショットを受けて はじき返されていただろう。運、という言葉が頭に浮かんだ。見えない何かが、後押しを してくれていると感じずにいられなかった。


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