THE QUARTER 〜衝撃の10分間〜/小野 宏
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言霊(ことだま)
新チームの主将に選ばれた石田が「ライスボウル制覇」を2001年度の目標に掲げたのは、 昨年の今ごろだった。正直に言えば、疑問を感じた。前年、勝てると思って臨んだ甲子園
ボウルで、過去に例が無いほどに無様な敗戦を喫した理由の一つは、チームがその先にあ るライスボウルを意識してしまったことにあった。新チームは、リーグ戦3連覇、甲子園
ボウルでの雪辱という困難な戦いに向かうのに、その先にある夢のような目標を掲げて大 丈夫なのか。しかし、その疑問を鳥内監督にぶつけると、「強い社会人を本気で目標にして
やったらええねん。一段高いレベルを意識せんと、うまくならへん。俺も今年は有言実行 でいくで」と迷いのない返事が返ってきた。私自身は、よしそれなら本気で考えよう、と
いう受身の感覚だった。春から、社会人と戦う場合を頭の片隅で想定しながらいくつかの 試合でシミュレーションをしたりもした。
石田はライスボウルが終わってから「立命戦前が一番苦しかった」と振り返っていた。 高い目標を掲げて道半ばで敗れれば、「それ見たことか」と批判されることは目に見えてい
た。そのプレッシャーに押しつぶされそうだったという。京都大学戦、甲子園ボウルでも 同じ苦しみを味わったが、その厳しい局面を乗り切ったことで、この大目標が抱えていた
負の要素が一気にプラスへと転化された。チームは精神的にも肉体的にも限界に近い状態 にありながら、なお「心のエネルギー」を失っていなかった。強敵に向かう不安に押しつ
ぶされそうになりながらも、「自分たちが立てた目標にいよいよ本当に挑戦できる。最後の 力を振り絞ってとことん準備したい」――上級生のそんな気持ちを、彼らのささいな振る
舞いから感じた。私自身も自然にそういう気持ちになれた。過去には無かった空気がチー ムを包んでいた。10カ月前に石田がそれを口にしていなければ、この空気は生まれなかっ
ただろう。なんでも高い目標を設定すればいい、というものではないが、石田が口にして いなければライスボウル初優勝はあり得なかったというのが実感だ。
夢をためらわず言葉にすること。そして、その言葉に魂を宿らせること。「なんも考えん と、思ったことを素直に言っただけなんです」と石田は謙遜するが、私は自分の不明を恥
じつつ、そのことの素晴らしさを今噛みしめている。
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