入場直前
田尻が極めて神妙な顔をしていました。そばに寄ると微笑んでくれましたが、どこか引きつっていました。その緊張感を楽しんで欲しいと願い、「ええイメージだけ」と一言申して横にあった椅子に座りました。フッと、平郡の表情が目に飛び込んできました。どこか怪訝そうでした。でも、そういう時の方が平郡は力を発揮するんです。こいつは大丈夫。何も言わずにいよう、言えばかえって気にしてしまうと思い、目線を移しました。
そばに財満がたたずんでいました。まるでお地蔵さんのようでした。これもまたゴチャゴチャ言い過ぎてはならぬと一言だけでその場を立ち去りました。
力哉に「どないや」と尋ねると「大丈夫です」。こいつの「大丈夫です」が一番気になるんですが・・・しかし気合は十分、凄みさえ感じられました。
お、矢野だ。そうっとしておこう。
気がつけば、さきほどまで存在していた気抜けは、もはやそこにはありませんでした。刻一刻と迫る最大の勝負の時を前にして、試合メンバーの氣が下級生にも伝わりつつあったようです。私も緊張してきました。
試合前の練習が終わって控え室に戻ってきました。この瞬間が、一番緊張します。大きく深呼吸して、選手たちの顔を見ます。汗まみれ、でもいい顔でした。このチームでは一番の「いい表情」だったと思います。
知らない間に下唇を噛み締めていました。微かに、その唇が震えていました。情けない話ですけど、思い切り緊張していました。監督やコーチがハドルで何を言っているのか、ハッキリ聞こえませんでした。ただ、心の中で一言だけ、「ぜったいにいける」と呟きました。
東京へきて一瞬だけ止んでしまった風が、再び吹き始めました。しかもかなり強烈なものになっていました。今日は激しい試合になる・・・そう予感しました。
誰かしら目が合うたびに、心の底から何かが込み上げてくる…目頭が熱くなる。「試合前から涙見せてたまるか」と自身を戒めるが、抑え切れなかった。
2月の末から準備し始め、3月から試合をした2001年。これほど長いシーズンは初めてだった。でも不思議と疲れは感じない。何かワクワクするような…遠足の前夜に眠れなくなる子供のような、そんな心境だった。そればかりか、逆に思い出がありすぎてまとまりがつかない…走馬灯のような、とよく言われるが、その意味が初めて理解できたような、そんな状態だった。見る顔見る顔、みんな何かが光っている。輝きながら頬を伝わる。
まだ不安はあっただろう。でも心の底から仲間の名前を叫び、心の底から意気込みを叫んでいるうちに、その不安は「ここまできたんだ」と気合が入り、「あとはやるだけ」という開き直りに変わり、そして真っ白に…無になる瞬間…手をつなぎあう。
抑え切れない思い入れが今にも噴火しそうになる…
2002年1月3日、東京ドーム、Rice Bowl、試合前、入場口にて。
『Speed TK Club Mix』が聴こえてきました。青き戦士たちが今、フィールドへと駆け出していきます。無になった心を一つにして、最強の相手に向かっていきます。史上最大の「挑戦」の始まり・・・。
To be continued..
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