K.G.ファイターズ 攻撃コーディネーター
小野 宏
第4クオーター12分5秒(残り時間2分55秒)、猪狩がゴール前1ヤードからダイブで
飛び込んでタッチダウンを挙げた。13−14。直後、鳥内監督は即座にトライ・フォア・ポ
イントで2点コンバージョンを指示した。すんなり蹴るつもりでいたが、確かに「勝つ」には
最大の好機だった。
関西学生リーグの試合は、全勝同士の最終戦を除いて、「負けない」ことが試合の最大の目
的であることが多い。6勝1分けでの優勝は完全優勝とほぼ同じ、というのが正直な感覚だ。
しかし、甲子園ボウルは「勝つ」ことだけが目的だ。「引き分け」は、もとより念頭にない。
3TEのフォーメーションからのカウンターブーツを選んだ。実は、この試合用に準備して
いた2ポイント用のプレーは、前半ゴール前に攻め込んだ時に使ってしまっていた。そのため、
京都大戦ですでに使っていたが、昨年から2ポイント用として繰り返し練習してきたプレーを
選んだ。京大戦では、逆サイドから入ってきたTE(尾崎)のアクロスにヒットしたが、ライ
ンの反則でタッチダウンは取り消しになっていた。法政がビデオを見ていることは重々承知し
ていたが、京大戦ではフラットを走るはずのFBがコースに出られなかった。分析したとして
も、本当のプレーの「かたち」は分からなかったはずだ。
この試合(甲子園ボウル)の第3クオーターに挙げた最初のタッチダウンは、ほぼ同じシシ
ュエーションに同じフォーメーションからプレイアクションでTEにパスを通したものだった。
法政がパスを警戒していることは間違いないが、フラットに出たFBがカバーされていたとし
ても、QB高橋がキープすれば3ヤードはかなり高い確率で獲得できる。この状況を想定して
最も回数多く練習してきたプレーでもある。短い時間にいろいろなことが頭をよぎり、一つの
プレーコールになった。
ハドルを解くとスタンドの歓声が高まった。観衆に向かって声援を控えるようにジェスチャ
ーで頼もうとしたが、ベンチを見ている人間は誰もいないのを知ってあきらめた。3万5千人
の目がフィールドに集中していた。QB高橋が花房の左のカウンターのフェイクから右オープ
ンに駆け出た時、オンサイドのLBがフェイクにつられずに素早く外に流れ出てきた。フラッ
トも空いていない。高橋はすぐにパスから「キープ」に切り替え、エンドゾーン右隅だけを目
指して加速した。サイドライン際で、追いかけてきたLBにタックルされながら、高橋がボー
ルを突き出した。外に倒れ込みながら、ボールだけがパイロンの内側を横切った。瞬時の判断
の正確さ、迷わなかったことが成否を分けた。逆転。15−14。気の早い観客は、まるで勝
ったかのように興奮を爆発させていた。しかし、ここから、まさしく本当の「ゲーム」が始ま
ろうとしていた。